育休明け教員時代を振り返って~両立の苦悩と退職までの道のり~

退職した私が、なぜ育休教員のサポートをしているのか

2015年から、育休中の方特に教員の仕事復帰をサポートしています。

退職した私が、今なぜ育休中の方をサポートしているのか?

それについてお伝えするために、私の2回の育休や復帰後の生活がどんなものであったか、そして教員を退職したわけについてもお話ししていきたいと思います。

 

初めての育休明け①

まずは、1回目の育休復帰から。

長男を出産後、1年半ちょっとの育休を取得したのち、新学期の始まる4月に復帰しました。

初めての仕事復帰を控えた私は不安だらけ。

出産前は朝から晩まで仕事に没頭する毎日でしたが、子どもを保育園に預けながらの仕事となると・・・当然、生活パターンも以前のままで、という訳にはいきません。

 

そこで、復帰後の生活時間をイメージし、夫と家事分担を話し合いました。

3月には、実際の勤務時間に合わせて家族全員で動いてみることもしました。

もちろん、仕事に関する準備も。

自分の中では「不安・・・でも、やれるだけのことはやった。」という思いで復帰日&入園を待っていました。

 

ところが、入園直前に夫がまさかの転職をすることに!!

しかも、色々なタイミングの事情から、前職を退職してから次の仕事に就くまでに少しブランクがあったのです。

4月1日入園式。前日の3月31日に退職。

「保育園を退園にならないか?」

という不安を持ちながらの入園式でしたが、幸いにも、園長先生に

「大丈夫」

と言っていただけてホッと一安心したのを今でも覚えています。

 

初めての育休明け②

夫が次の仕事までブランクがある状態というのは、妻として大抵の場合大きな不安があるはずです。

私も、不安じゃなかったと言えば嘘になります。

でも私の場合、自分のことで精一杯!

正直なところ「助かった」というのが本音です。

 

本来であれば、自宅から距離のある会社に通っていた夫には、保育園の送りも迎えも期待できなかったはず。

ですが、入園式の翌日から、朝は夫に登園を任せて私は早々出勤することができたのです。

 

これが、私にとっては非常にラッキーなことでした。

4月の始めというのは教員が一年の中で最も忙しい時期。

 

人事異動による新メンバーの着任、担当学年の決定、職員会議、各校務分掌ごとの部会、新年度当初の授業の準備、教室づくり、始業式・入学式の準備 などなど・・・

これらを始業式までの約1週間で怒濤のようにこなしていくわけです。

昨日まで専業主婦生活だった私が、一気に仕事モード全快になりました!
(というかならざるを得ませんでした。)

 

そんな私にとって、夫が家にいてくれるというのは正直助かったのです。

言ってみれば、私にとっての「慣らし保育」ならぬ「慣らし出勤」になったというわけ。

そして今振り返ってみると、夫が保育園の送り迎えを担ったこの時期というのは、夫にとっても、いい効果をもたらしたのではないかと思うのです。

この時期があったからこそ今の夫があるのかもしれません。

 

初めての育休明け(夫について)

私の仕事復帰の前日に退職した夫。私は、復帰直後+年度当初の猛烈な忙しさに自分のことで精一杯。

夫の次の仕事が決まるかどうかという心配もありましたが、正直あまりそのことについて考える余裕がありませんでした。

これがもし育休中だったら

「どう?決まりそう?」

と毎日毎日転職活動について聞き、夫にプレッシャーを与えていたかも知れません。

夫を責めてしまう

 

当の夫はというと・・・

本来なら私がするはずだった保育園の送迎を担うことになりました。

 

自ら進んで、「登園&降園の手順書」を夫が作ってくれたのにはびっくりしました。

下駄箱やロッカー、共有スペースの使い方など、順序よく、写真とことばで説明されているので、初めて保育園に行く人でも分かるようになっていました。

この手順書は、増刷りして、夫・私・両実家で持つことに。

特に祖父母に頼む時って“急な時”が多いので、これを予め渡しておくことで、両親も心構えができてよかったみたい。

何より、期せずして保育園に行く機会が減ってしまった私にとって、この手順書は大助かりでした。

 

夫がこの手順書を作ったのも自分がやらなきゃという気持ちがあったからこそ。

そして、直接先生と話したり、園での子どもの様子を見たりすることで、この時期は自然と夫が子どものことをメインでやってくれるようになりました。

もし、本来のまま私が送迎をしていたら・・・

ここまで夫が主体的に子どもや園には関われなかったんじゃないかと思います。

 

私達夫婦にとって、転職(のための退職)はピンチでしたが、保育園の一番最初の時期に夫が保育園に関われたことは、とてもいいことだったと思います。

その後、園長先生から言われた「求職期間」内に夫の転職先も無事に決定し、ホッと胸をなで下ろしたのでした。

 

困難の連続!?保育園生活

ホッとしたのも束の間、1歳8ヶ月で入園した息子にとって保育園に適応するのはこれまた大変でした。

1.朝のお別れ時に泣く

これはまあ当然といえば当然ですね。

保育園の先生からは

「お別れの時に泣くのは、
おうちと外の区別がきちんとついている証拠ですよ~」

と言っていただきどれだけ励まされたことか。

 

泣くと決まってお気に入りのタオルを握りしめる息子。

タオルは家から毎日持参(これ以外ダメなので洗う暇なし ^^;)。

今思うと彼の精神安定剤だったんですね~。

 

朝お別れ時の“泣き”は半年ほど続いたのでした。

 

2.給食を食べてくれない

慣らし保育から早く通常保育にしたいのに、息子ったら給食を食べてくれないのです。

「食べてくれないことには午後まで預かれません」

と言われ(そりゃそうですよね)、しばらくは2時間で帰されていました。

お迎えは、私の母にお願いしましたが、いつまでもそうするわけにもいかず。

仕方なく、母に給食風景を見学してもらい、なるべく家での食事内容やスプーンの材質など給食と同じ状況を作るよう努力したりもしました。

(今から思うと、そういう問題じゃなかったのかもしれませんが、当時は必死だったのです。)

入園2週間後に、やっと一人前食べてくれるようになった時には、本当にホッとしたものでした。

 

3.とにかくよく熱を出す

いやぁ、本当によく熱を出しました!

毎月どころか3週間に一度ぐらいのペースです。

しかも一度熱を出すと治るのに最低でも2~3日はかかります。

その度に授業を自習にして休むわけにもいかず、お世話になったのは実家の母。

初年度(1歳児クラスのとき)おばあちゃんに預かってもらった日数の合計は なんと60日!!

母はこの数をちゃんと日記につけていて、「保育料もらうわよ!」なんて冗談で(本気だったかも!?)よく言われたものですが、本当におばあちゃん“様々”です。

子どもの発熱

 

そんな息子も中3。小学校から徐々に欠席も減り、今では嘘のように丈夫に!

保育園では本当に先生方によくしてもらいました。

 

好きだけれども「これで十分。」のない仕事

困難の連続ではあったものの(苦笑)、保育園や実家のお世話になりながら、学校の仕事を続けた私。

独身の頃や夫婦2人だけだった頃と比べて明らかに違ったこと(=変えなければならなかったこと)が「働き方」でした。

授業の準備
子ども一人一人への対応法を考えること
担当している校務分掌の仕事
事務処理
学級通信の発行
保護者を呼んで話し合い

など、多岐に渡るこの仕事。

しかも、人が相手のこの仕事は

「これでいい」

「これで十分」

というものはなく、ゴールを自分で決めない限り終わりがないのです。

子どもにこんな力をつけたい
授業をもっとわかりやすく工夫したい
保護者に言いたいことを上手に伝えるには

なんて模索していると、きりがありませんでした。

 

出産前の私は、それを「時間を長くかけること」でカバーしていました(朝7時前~夜9時すぎまで学校にいるなんてこともざら)。

ところが、育休復帰後はそういう訳にはいきません。

入園直後こそ、保育園の送りは夫が担ってはくれていましたが、それ以降は夫の勤務先の関係で送りも迎えも私が担当。

 

2人目の育休明けも同じでした。

当然、学校に滞在できる時間も少なく、授業をこなし、会議と学年での打ち合わせをしてくるのが精一杯。

自分一人でできる仕事はとりあえず車に積み(丸をつけるためにノート40冊とか!)、保育園へと向かうのでした。

帰宅後は「夕食作り →夕食 →お風呂 →保育園の準備 →寝かしつけ」までを一気に。

時には子どもに夕食を食べさせながら、保護者に連絡をしたこともありました。

 

持ち帰った仕事は山のようにある。我が子は添い寝が必要。何より、私が眠い!ってことで、子どもと一緒にひとまず寝て、朝早く起きて持ち帰りの仕事をするスタイルにしました。

大公開!育休明け教員時代の一日のタイムスケジュール

 

当然、平日は掃除が出来ず、万年床でしたが、当時はそれどころではなかったです。

仕事が好きだったんですよね。

好きだからちゃんとやりたい

 

この「ちゃんとやりたい。」でも、「できない。」という思いが苦しかったんだと、今振り返って思います。

 

退職までの葛藤

2人目の育休が終了し、私は復帰と同時に学校を異動に。

大きな役職が回ってきたこともあり、1回目の復帰とはまた違った状況になりました。

 

職場の中ではいわゆる“中堅”。

自分のクラスのことだけやっていればいいわけでもありませんでした。

実際、自分もこれまで育てていただいた分、後輩の面倒もきちんと見たいという気持ちもありました。

 

教材研究、子どもとの関わり、保護者への対応・・・

どれも大事でどれも手を抜けるわけはなく、時間がいくらあっても足りないという日々でした。

“時間”というより、自分がもう一人、いやもう三人は欲しかったです、正直なところ。

 

それでも、毎日全力投球!

何とか自分でできる限り精一杯仕事をしていました。

でも、あるときふと気づいたんです。

自分の心の中に我が子が入る余地がないってことに。

 

学校にいる間はもちろん、我が子と食事をしていても仕事のことを考え、挙げ句の果てには、担任している子や保護者が毎晩夢にも登場するようになりました。

教え子たちと撮ったジャングルジムでの集合写真

 

さすがに、このままじゃまずいって思ったのです。

実際、家庭環境が子どもに与える影響が大きいというのは職業柄痛感していたので、

我が子のためにはこのままでいいのか???

と思うように。

 

・息子の小学校入学後の生活(当時年長でした)

・実家の両親の負担(頼りっぱなしでした)

・自分の心・体のこと(ギリギリでした)

・我が子の将来のこと(どんな子になっちゃうのかな?)

・・・色々考えました。

夫とも相談しました。

 

出した結論は、一旦退職するでした。

 

大好きな仕事だったけど。大好きな仕事だからこそ、やるからには思い切りやりたい

 

今は自分の子に向き合う時期。 

思い切りできる時になったらまた復帰しよう。

そう決めました。

不思議なことに、全然後悔しなかったのです。そして今もしていません。

 

大好きな仕事だったにも関わらず。

ありがたいことに、戻ろうと思えば比較的いつでも戻れる仕事だということもあるでしょう。

でも、後悔していない理由はやれるだけのことはやったから。」だと思っています。

やるだけやって「今は無理。」と思ったから。

 

夫も通勤時間が長い中、家のことをよくやってくれていたことも分かっていたので、責める気持ちは微塵もありませんでした。

後悔も、誰を責める気持ちもなく、辞めることができたんです。

 

いつか思い切りできるときが来たら教員に戻ろう!と思っていたのにもかかわらず、整理収納に出会ってしまいましたけど、ね。

人生どうなるか分からないものです。だから面白い。

 

こんな経験から「仕事復帰準備セミナー」は生まれました。

気持ちの準備のないまま復帰し、苦しい思いをする方を一人でも減らしたい!

整理収納を学んで得たことを「あの時の自分」に教えてあげるつもりで、今の育休中の方に伝えたい

そして、万が一辞めるという選択をすることになったとしても「やれるだけのことはやった」と思ってもらえるように。

 

こんな想いから作った「仕事復帰準備セミナー」。

初めて受講してくれた0期生から4期生まで、職場復帰を果たし、大変ながらも逞しく現場で活躍しています。

 

そんな方が1人でも増えたら嬉しい。

教職を離れた今、それが私の目標です。

違う立場で、学校教育のお手伝いができるなんて、それはそれで幸せと思っています。

 

 

「育休教員のための仕事復帰準備セミナー(全4回)」は、毎年11月に開講しています。

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